花粉症に苦しむ私!

カワセミに花粉症は無いのか!
無い。

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「男女七歳にして席を同じうせず」
年齢が、7才にもなれば、男と女の性は、違うものであるという意識を持たせ、 同じ場所に座らせてはいけない。
そんな言葉が戦前にはあったそうな、私はてっきり古い日本の教育だとばかり思っていたが、どっこい中国の古い伝えだとわかった。
またいわれの続きには「食を共にせず」ともあるようだ。4千年の歴史を語る中国の言葉とは思えない。宮廷の物語にはこの言葉が当てはまらない「みだらな物語」もあるというのに、、、

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まぁ、そんなことは別として東屋のカワセミ君は彼女のアタックにも「我関せず」を決め込んでいる。

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自由気ままに、心配するのは取り巻きの人間ばかりかも、、、

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ここ数年カワセミの数が増え、水場の近くではその姿の多くを見かけるようになった。
高度成長期には工場や生活排水によって多くの河川が汚染された。街を流れる河川は魚も住み付くことなく悪臭漂う川へと変貌を遂げるのである。
当然街を流れる河川で小魚を主食としていたカワセミは魚とともにその姿を消していったのであります。文献によればカワセミもスズメの類、街中で当たり前のように見られた鳥であった。自然保護のため河川は浄化され、下水の普及とともに街の河川は蘇ったのであります。

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生物多様性の定義(1985年に、アメリカ合衆国研究協議会、 NRC) による生物学的多様性フォーラム。W.G.ローゼンによって造語された)によれば地球上の生物はその個体によって生活面積と生息数に密接な関係があると言われる。食物連鎖によるバランスも然りであるが食物連鎖の三角形は自然の成り立ちから保たれている。
人間及び人とは学名が Homo sapiens(ホモ・サピエンス)の和名であり、生物学上の「種」としての存在を指す場合には、カタカナを用いて「ヒト」と表記することが多い。
話を戻してこの「ヒト」は食物連鎖の三角形の頂点にあってはならない存在なのかもしれない。と私は思うのだ。

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河川の浄化に伴い川には小魚が住み付き、それを主食としたカワセミの数が増えた。結果はこうである。しかし、このくだりには「回帰の法則」というものを共に書かなくては終わらないのであります。

生物は生態学上限られた数を減らすと平均個体数に戻ろうとする現象があります。それが「回帰の法則」なのであります。しかし、生物のように限られた数から個体数を増やそうとすればそこに「近親婚」つまり近縁種が生まれるのであります。簡単に言えば奇形児が生まれるのであります。どうもここのカワセミ君もご他聞にもれずその気があるようです。

もうひとつ、この「回帰の法則」を説明する上で面白い解説があるのです。その解説の二つを脳科学者、中野信子さんの文献をお借りしよう。
そのひとつは遺伝子学的に「背の高い男性と背の高い女性が結婚すると背の高い子供が生まれる」という確率はかなり高い。しかし永遠に背の高い子供が生まれるわけではなく、そこには骨格や筋肉の違いがある人種によって平均値に戻ろうとする。それが回帰の法則というものである。背の高い男性と背の高い女性の間に背の低い(平均値)子供が生まれる現象である。

もうひとつの例は晩婚が増えると子供の数が減る傾向にある。母親が30歳を超えて出産した子供と20歳代で出産した子供に女性の写真を見せると30歳を超えて生まれた子供の多くは中年女性の写真を選ぶ、つまり中年女性に憧れるというものであります。これには母親の顔に表れる「ほうれい線」に深く関係しているというものだ。晩婚が進むと子供が減り、子供が減れば晩婚が進むなんて不思議な現象が現れると中野信子さんは分析している。確かに私の父親など8人兄弟。昔は多くの兄弟に囲まれて育ったんでしょう。女性も若くして出産したので子供の数が多かったことと深い関係があるのでしょう。

これにうなずける現象を紹介しよう。まだ私の現役時代(といっても7年前)には「熟女クラブ」なんてバーなのか飲み屋なのかが街の各所に看板を連ねていた。私も行ったことがあるが若い客が順番を待って列をなしていた光景を覚えている。そのときには何の疑問も持たなかったのであるが、中野信子さんの文献を読んで深く納得したのであります。

「花粉症に苦しむ私!」とはまったく関係のない内容となりました。




遜 龍明



by fotografkei | 2017-03-15 11:25 | カワセミ

野鳥撮影を主に発信しています。


by 遜 龍明