日々カメラと共に

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2017年 07月 13日

中山道を行くその2

馬籠宿を後にして13:20pm、木曽川に架かる「桃介橋」は別名「桃の橋」を尋ねてきました。

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木曽川の水力発電開発に力を注いだ大同電力社長が福沢桃介なんです。その有名な方が読書発電所(大正12年完成)建設の資材運搬路として架けたものです。
この橋は大正11年9月に完成しました。福澤桃介と聞いて苗字が、、、そうなんです。福澤諭吉の次女である房(フサ)と結婚して福沢家の婿養子となる旧姓(岩崎桃介)なのであります。偉い方は何をやっても一流なんですな。

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明治の中頃結婚した桃介は米国へ渡航。ニューヨーク州ロチェスターにあるイーストマン商業学校へ入学約5ヶ月間在籍したのであります。翌年ペンシルバニア鉄道会社の見習いを経て。明治22年には帰国。北海道炭鉱鉄道会社に就職。
偉い方がよくかかる病。ほら、あの「肺結核」を患うんです。凡人の私ではおいそれと掛かる病ではありませんな。思い出した、、、肺炎球菌の予防注射を忘れていた。70になったら打たなきゃ、
ところでこのイーストマン商業学校はアメリカの実業家で発明家のジョージ・イーストマン。といえばカメラでも名を馳せたイーストマン・コダックの創業者であります。いくつかの大学に寄付をしたひとつなのであります。

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桃介は結核療養中持ち金3,000円から株に手を出して大儲けをするんであります。ほんと、まったく人間が違う。「一河川一会社主義」を唱え、暴れ川で有名な木曽川をダムによって治めた功労者でもある。のちに関西電力社長を就任し、電力王の名をほしいものにしたのであります。

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ここ長野県南木曾町(なぎそちょう)にあるのが桃介記念館、読書発電所建設のためここを拠点として現場に通っていた。桃介はダム事業を始めた頃からパートナーであった日本の女優第1号川上定奴と南木曽のダム工事に携わり、桃介が東京にいるときは定奴が現場視察をしたのであります。

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洋館のこの別荘は川面を渡る心地よい風で夏の暑さを忘れさせてくれる。ぐっしょり濡れた衣服もすっかり乾いてしまいました。さすがお金持ち、行うことが違います。
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もうすっかり夏雲です。雨が降る予想に反して晴天。しばし、風に吹かれて楽しんできました。

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14:20pm桃介記念館を後にしました。なんだか中途半端な説明になりましたがお許しいただきたい。
次なるはいよいよ宿泊先の中山道奈良井宿へと続きます。



遜 龍明





by fotografkei | 2017-07-13 06:26 | スナップ


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