在家と出家

在家は出家の反意語
「出家」とは寺院で受戒(クリスチャンでは洗礼)した後に、寺院で修行する者を意味し、一方の「在家」とは世俗にありながら信仰する者を指す。この両者の最大の違いは「受戒」。

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「受戒」は戒律を授かることですから、この時点で世俗を離れることを意味する。

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なぜ出家するのか?
諸行無常とは仏教の根本思想。「諸行」は、この世の一切の事物と現象を指し(有為法)「無常」とは、一切は常に変化し、不変のものはないという意味。
一時とも同じところにとどまらず時は流れ、かたちあるものはいずれこわれる。

在家あるものも出家した尼僧も神を信心するがごとく、身なりこそ違えども同じと思うのだが、
今日21日は弘法大使の日。仏教13宗派のひとつ「真言宗」
私は学業を曹洞宗に学び60を過ぎてからクリスチャンで洗礼を受け、(時折祈りを忘れるいけない兄)何がなんだか、
しかし禅にあっては心休める教えを悟り、神の前で祈れば安らぎを覚える。

何が言いたいのか、、、
尼僧にあっても街頭で悟りを開く在家にあっても何か頼るものを求め、もがき喘ぐ(苦しむ)。
なんら普通の人間であることに違いはないのだ。

そんなことを考えながら人ごみの中、カメラ片手に歩いたのであります。
(その脇で店を開き商いをする・・・、出家と在家の境は薄くもともと同居しているのかも)



遜 龍明







by fotografkei | 2016-10-21 22:27 | その他

野鳥撮影を主に発信しています。


by 遜 龍明